お抹茶のすべて 11 【「雁ケ音」の研究】

読者の皆様、こんにちは。1月号では「宇治煎茶の主産地和束町はいかにして宇治碾茶の主産地になったか?」、2月号では「和束町碾茶の現状」、3月号4月号5月号6月号では「抹茶の歴史」、7月号8月号9月号では「抹茶問屋の仕事」、10月号では「簀下十日、藁下十日」について書かせていただきました。11月号では「雁ケ音」についてお話したいと思います。


「雁ケ音」(かりがね)の研究

1、 はじめに
現在、「雁ケ音」「雁が音」「雁金」(かりがね)という言葉は、一般的にお茶の茎、茎茶を表す言葉として認識されています。
日本茶業中央会の「茶の名称」の中には「雁が音」と言う名称は無く、「茎茶又は棒茶」となっています。
しかし、多くの茶店の価格表を調べると、名称として「茎茶」と「雁が音」が混在しており、関西では「雁が音」の方が多いようです。
日本茶業中央会監修の「緑茶の事典」では、「雁が音」は「玉露、上級煎茶の仕上げ加工中に選別された若茎。商品としては芽先の「じん」が混入しており、上品で軽快な風味をもっている。」(岩)と解説されています。
しかし、現実には、玉露、上級煎茶だけではなく、玉露、かぶせ、煎茶全般、蒸し製玉緑茶、釜炒り茶の茎も「雁が音」の名称で取引販売されていることが多いようです。
インターネットに載っている多くのお茶屋さんの商品紹介では、「かりがね」とは、「渡り鳥の雁が海を渡るとき、小枝を口に咥えて渡りました。疲れると小枝で体を休めました。その小枝が茎に似ているためにかりがねと言われました。」と言葉の由来が解説されています。
日本において、「雁が音」と言う言葉はいつ頃から、何を表す言葉として表れたのか?どんな経緯を経て、茎茶を表す言葉になったのか?を考察したいと思います。

2、 宇治御茶師の袋茶の茶銘
宇治市歴史資料館館長の坂本博司さんから「新茶と宇治茶師」という平成17年に書かれた小論文のコピーをいただきました。その中に「宇治御茶師惣名寄并袋茶之銘」という宇治茶師が使用していた袋茶銘の一覧表があります。
袋茶(ふくろちゃ)とは御濃茶になる碾茶を拾匁(約37.5グラム)入れた茶袋で「半袋」(はんたい)と呼ばれ、茶壺の真ん中に入れられます。
その周りには「御詰」(おつめ)として、袋茶より品質の劣る「別儀」(べちぎ)や「揃」(そそり)と呼ばれる薄葉が詰められました。
袋茶銘一覧表には、御物御茶師(ごぶつおちゃし)13家、御袋(おふくろ)御茶師9家、御通(おとおり)御茶師28家の合計50家の289銘の袋茶銘が載っています。表1はその袋茶銘のランキングです。
この中で「初昔」「後昔」が圧倒的に多い茶銘です。「初昔」「後昔」の茶銘を持っていないのは、一、二家だけです。そして、各家の茶銘の先頭と第2番目に記されています。
それは、この「初昔」「後昔」が徳川将軍家の茶銘で、全ての宇治茶師が持っていなければいけなかった茶銘だからです。
また、漢字の「昔」の文字が使えるのは「初昔」「後昔」と上林家の「祖母昔」(ばばむかし)の3つだけで、それ以外の「昔」は将軍家を慮って(おもんぱかって)みんな平仮名の「むかし」を使っています。(「初昔」「後昔」の茶銘は、小堀遠州が徳川将軍家の為に付けたものだと云われています。)
三つの将軍家用の茶銘以外の茶銘は、大きく分けて3種類の名前の付け方に分類できます。

第1類は「場所」を表す茶名です。場所はその碾茶が栽培されている宇治郷の茶園の大字小字が多く使われています。「森、祝、宇文字、川下、奥の山、朝日、琵琶」の宇治七名園や「一文字」「若森」「ゆづり葉」などが使われています。「祝ノ白」「宇文字白」「若森白」などがその代表です。

第2類は「記号」を表す茶名です。「いろは」「大中小」「一」などです。「いノむかし」「大むかし」「大白」「小白」などがその代表です。

第3類は「形状」を表す言葉です。「鷹爪」(たかのつめ)「うろこかた」「雁金」などです。
「鷹の爪」や「雀舌」(じゃくぜつ)などは、中国宋の茶書「茶録」「大観茶論」などにある言葉で、茶の新芽の若い、幼い状態を表し、鷹の爪や雀の舌のように細くてやや曲がっている形状を指す言葉です。「初鷹爪」「うろこかた」「雁金」「大鷹爪」などがその代表です。
「雁金」「雁音」も碾茶の袋茶の銘としてあった事が確かめられます。漢文に使用する「返り点」を「レ点」(れてん)と言いますが、正式には「雁点」とかいて「かりがねてん」と言います。
「かえりてん」の形が雁が飛んでいる姿に似ているから「かりがねてん」とつけられました。若い新芽の姿を「鷹の爪」や「雀の舌」と同じように「雁」(かりがね)と言いあらわしたものです。

 

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